ANPERE

書きたいときに書く。考えたいときに考える。

自由なことは幸せなことか

どうも、ひまです。

今晩は、自由について語ります。

 

「自由」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。憲法?宗教?遊び?

 

私は、「自由」という言葉の意味の深さを最近知りました。

今回の開催地に到着。ブルーシートやペンキや紙は開始30分前に調達。

ゆるい。

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昨日、地域で開催されたヒューマンライブラリーに参加しました。

(ポスターの字は、ひまが開始数分前に書きました。ゆるい。)

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ヒューマンライブラリーは、デンマークコペンハーゲンから始まった、LGBTやホームレス、難民などのマイノリティとの相互理解をすすめるものです。

 

ライブラリの本として参加したひまは、本棚で他の本同士でも理解を深めました。

漆器職人さん、LGBTの人、地域おこしをしている人、などなど。それぞれ出身や住んでいる場所、活動内容、年齢は様々。一番若い私は、「相手に興味をもってもらえる本」になれるのかなと、少し不安でした。

話すテーマも、時間も場所も自由。本といっても無機質な図書館の本じゃないんだから、一方的に自分の意見を話して終わりってわけにもいかない。相手はヒト、自分もヒト。企画のゆるさも自由そうに見えて意外と難しかったです。

 

最初に貸し出された先は、10年以上別地域でまちづくりをやられている男性でした。まだまちづくり団体を立ち上げて2か月の私が男性に本としてどんな影響を与えられるのか。

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芝生に腰を下ろした男性が本を読みはじめます。しばらく読んで男性は言いました。

「それって本当にまちづくりっていえるの?」

本は、そこで新しい考えを生み出すことはできません。ネタは、今まで得た経験しかないんです。まだ「まちづくりってなんだろう。」と考え始めたばかりの本にその質問は苦しかったです。本は、批判ばかり受けました。ヒトである本は、それを受け入れる必要があります。

しばらくして、本の数少ない意見を受け入れてくれた男性は、表情を緩めて言いました。

「乱暴で意地悪なことも言ったけど、まだあなたには時間があるんだから。時にはおじさんのことを思い出して。」

本の立ち位置が入れ替わった瞬間でした。本は読者によって改訂版となったのです。 

 返却されるとき、男性は本の肩をたたきました。

「ちょっと落書きしちゃった。」

受付が聞きました。「ためになりました?」

「お陰様で。」 

そのあと男性は少しの時間受付にいて、「売れなかったら、ブックオフ行きかい?」と笑って帰っていきました。少しほっとしました。

 

本はその後、私の本拠地出身で来場していた男性に貸し出されました。ハットがお似合いの、すごくおしゃれな男性。いろいろな職歴をお持ちでした。

本はまた、まちづくりについて語り始めました。男性はずっと頷いて読んでくれました。そしてその男性もまたまちを盛り上げようとされている方でした。

男性は最初、「30分くらい話そうか」と時計を見ていました。しかし読み終わったのは1時間後。本も時間を忘れていました。そしてまた本は更新されて返却されました。

本の帯には本名が一書かれていません。年齢も分かりません。でも自由に話します。これこそ究極のヒトの繋がりです。

 

さて、私はある知り合いがこう言っているのを耳にしました。

「親って子供を理想に近づけようとするだけ。自由になりたいわ」

こういう考えを聞くと、18歳ながらに、子供だなあ、と思います。

 

こう言う人は大抵、自由の難しさを知りません。親に制御されているだけまだ楽だと思います。それで今の自分が無事に成長できているのでは?もし自由を間違えて踏み外した時、制御をかけてくれる人は家族しかいないんです。それでも自由になりたいのなら、その理由をつくろうと努力した方がいい。そのほうがよっぽど自由になれるスピードが早まります。

私も自由が欲しくて、最近になってやっと「自由をつくる方法」をマスターしました。そのおかげでヒューマンライブラリーのような自由なイベントに参加できたのです。そして昨日、経験の浅さが分かって、まだ自分は自由になるべきではないかもな、と痛感しました。

 

ゆるいって、自由って、決してだらけることを意味するんじゃない。

ひまには、まだまだ難しいようです。

 

 

 

 

つつじが、綺麗に咲いていました。

 

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